6月 25
26歳、最後の日
信じられなくても、もうすぐ誕生日だ。明日、誕生日。
この一年は短かった。
年齢に対して、かなりデリケートになる年でもあった。実際に、年を聞かれることが多くなった。50歳以上の男性から、特に言われる。
「結婚できないよ」とか、
「就職できないよ」とか。
それは知っていることだった。でも、わりとどうでもよかった。とくに結婚に関しては。就職に関してはよくわからなかった。
ただ、ストレートに大学を出て、就職しても、女の場合はうまくいかないことが多いことも、私は知っている。その事に関しては、私は男性よりも詳しい。同級生が、生保にしか就職できなくて、三年で体を壊していくのを何人も見た。
だから、手に職をつける道を私は選んだ。自分の世の中に対する理想を形にする為に、実際に行動を移した年でもあった。
年は、自動的に増えてしまうもので、私の力ではどうにもできない。
やり直すことも、後戻りすることもできない。
ただ、今ある環境を受け入れて、自分を変えて、進んでいくことはできる。
そして、何をしていても、やっぱり年をとる。
二十七歳という年齢は、迷いの出る年だと思う。
就職していたら、先が見えてきて、「四十歳になっているあの人と同じ様に、あと、十数年、自分もここにいるんだろうか?そのとき、私はどう思うんだろう」と思うだろう。
結婚していなかったら、結婚について考えだすだろう。
女だったら、子供が産める年と、仕事のバランスについて考えだすだろう。
明日、住む家があるかどうか、とか、来年も、食っていけるだろうかとか。
親の健康がきになりだしたりもする。
私はちょっとだけ、人とは外れたルートを選んだ。それは、私が、先の見える場所に行くと、とたんに閉塞感を感じてしまう、性分によるものだったらしい。しかし、それは、私に固有な性質ではないことも最近分かった。
私は、人から外れたルートを取ったと言っても、まだまだ、守られた立場にいる。
そのことも、わかっている。
私は自由そうに生きていると、人から見られることもわかっているし、それが、人から見ると、ねたましい、と思われることもあると知っている。実際に、いやな思いもだいぶした。
けれど、私が今の立場を手に入れたのは、私なりに努力をしたからだし、周りの人に助けてもらえるのも、それだけのことを私が人との関係で、築いてきたからだと、それは、私の力だと思ってもいいのだと、最近自信がついてきたように思う。
私は今、自分ができることについて、かなり、わかってきたし、自分が苦手なこともわかってきた。でも、私は苦手なことをやりくりして、やり遂げる能力があることもわかってきた。限界と、可能性、両方がある。
私には、常に迷いがある。けれど、迷っていることは別に悪いことでもなんでもない。
私は、これからも、迷いながら、戸惑いながら、焦りながら生きていくのだろうし、そして、それでいいのだとも思う。
私は、あと、三年したら、三十代になる。そうしたら、もう、若いからいいね、とは言われなくなるだろう。
そろそろ、その兆しはあるのだから。
そのとき、私は、自分の役割をもっているといいと思う。
そのことを目標にしていきたいと思う。
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