7月 1
死に近かった日
あのとき、私は死に近かった。
でも、よくいうように
「あのとき、死ぬはずだったから、今はおまけの人生だと思っている」という風にもなれていない。
死にかけていたという経験を全くなかったように過ごしている。無かったことにしたいという意識かもしれない。
あのころ、私は不鮮明な理性の中で、
「死んでいくのと、生きているのは、広大なグラデイションになっていて、鮮明な、分水域というのはなくて、死と生というのは、はっきり区別できるものじゃない。少しずつ引き寄せられていくもので、自分は気付かない。冷たい水に少しずつ慣らされていくようなもの。自分が死ぬとは思っているけど思っていない。曖昧な階段を登るようなものだな」と思った。
なぜ、そう思うかというと、朝、すごくだるかったからだ。
私はそれであのころを思い出した。
私は生き残ったわけだ。
年齢によるハンディがあると、大学で言われたけど、あのころの時間を知らない人に言われることは無意味だな、と今朝のだるさの中で思った。
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